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< 連載第1回 >
銀座にある探偵事務所―――此処には悲喜交々、さまざまな悩みや葛藤を抱えた人々がやってくる人生の駆け込み寺である。
「自分がいけなかったんです・・・彼女はあんなに僕のことを想ってくれていたのに」
5月―――爽やかに吹く風と、夏の訪れを感じさせるほどの暑い日差の中を歩いてきた男は、
空調の効いた部屋に入ってなお額を流れる汗を拭いながら、後悔の念を呟く。
男の名は半田智也。今年32歳になるクレジット会社勤務の営業マンだ。
きちんとセットされた髪、質の良さそうなスーツに綺麗に磨かれた靴。
独身男性ながら、しっかりとアイロンのかけてあるハンカチを携帯している所に、
半田の几帳面さが感じ取れる。
しかし、着席するなり焦ったように話し出す姿に余裕は感じられなかった。
「出会ったのは去年の夏です。友人の紹介で知り合った彼女と一ヶ月程の友人期間を過ごして、
僕のほうから告白しました。彼女は今でも僕のことを愛していると思っています」
落ち着きなくも自信に満ちた半田の言動に、引っかかる物を感じた女性相談員山根優は
静かに問いかけた。
「彼女が今も自分のことを想っていると言われる理由はなんですか?」
今でも彼女が自分のことを愛しているという自信があるならば、探偵に復縁を依頼する必要
などない。今まで相談員として何千人もの依頼人と話をしてきた山根は、半田の根拠のない
自信に不思議さを感じた。
「理由はありません。でも、別れた理由は彼女が僕の好みをけなした事がきっかけで、
自分から別れを切り出したので、僕が彼女好みになるよう努力すれば絶対に上手くいくと思う
んです。でも、彼女とどうしても連絡が取れなくて・・・」
性格や好みの不一致によるすれ違いからの別れ。よくある案件だ。今はスーツ姿なので
分からないが、私服や生活のセンスが彼女とは合わなかったのかもしれない。
連絡が取れないことを復縁依頼の理由にしているが、自信に満ちた物言いの裏で、
実際は不安でたまらないのだろう。
そんな半田の気持ちが山根には痛いほど伝わってきた。
別れや浮気はどちらか一方が悪いとは言い切れない。お互いに問題があり、
すれ違ってしまった結果なのだ。
そのことに気付き、自分も変わる努力をしようとしている半田の姿を見て、山根の頭の中で
鳴っていた警戒警報は解除された。
少々思い込みの強いところがあるが、悪い人間ではない。不器用なだけなのだ。
探偵や特殊工作という仕事は一歩間違えると法律を侵す可能性が大変大きな職種だ。
依頼人の言葉を鵜呑みにし、依頼料欲しさに仕事を請けたら自分たちが犯罪人になりかねない。
引いては現在仕事を請けている依頼人全てにそのためにも相談員という仕事は直観力の鋭さと
洞察力が要求される。
半田の言葉の後、一呼吸置いてから山根は口を開いた。
「復縁にはかなりの時間とお金が掛かると思われますが、その女性は半田さんにとって
それだけの価値がありますか?うちは期待ばかりさせるようなことは言いません。
常に気持ちは成功率100%ですが、現実は違います。
その部分を納得して頂いた上でご依頼をお受けいたします。依頼を受けるのは簡単です。
でも、半田さんの心の中に少しでも復縁屋というものを疑う気持ちがあるのなら、成功率は
ぐんと下がります。今、迷う気持ちがおありでしたら再度考慮して頂いた上で、
意思が固まればもう一度、ご連絡下さい」
「いえ、もう決意して来たんです。お願いします」
予想通りの言葉だった。しかし、依頼人に対してリスクの説明や意思確認をしないと、
後でトラブルになることは長年の経験から知っている。
確かに上手い話をして依頼人の弱っている心に漬け込み、高額な依頼料を貰うことは容易いが、
その後のリスクを考えれば天秤にかける価値もない。
特に探偵社という分野は信頼をされるのは大変だが、失うのはほんの一瞬だ。
世間的に信用を失った探偵社に誰が依頼をしに行くだろう。
そうなれば会社倒壊を待つのみだ。
何においても誠心誠意。当たり前の事だが、山根は日々しみじみと感じていた。
「わかりました、お引き受け致します。私どもは結果を第一に考えておりますので、
これだけ頑張ったのですから失敗しても許してくださいとは言いません。
そのかわり、半田さんも先ほどご自分でおっしゃったように、一緒に頑張ってください。自分
にも非があって別れてしまったと思ってらっしゃるのでしたら、その部分を改善していきましょう。
もっと魅力的になって彼女と再会しましょう。不思議なもので、依頼人さんの心がけだけで
成功率は実際アップするんですよ」
にっこりと笑いかける山根の頭の中には、すでに復縁工作に向けたシナリオが始まっていた。
連載第2回へ続く・・・
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